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素敵な話 《心を鍛え、人間性を高める》


【心を鍛え、人間性を高める】

稲盛和夫氏の心に響く言葉
「人の心に灯をともす」より

この国は今、「道しるべのない時代」を迎えています。

確かな指針を見出せない中にあって、少子高齢化や人口減少、地球環境問題など、過去に経験したことがない問題に直面し、人々の価値観そのものが、大きく揺らいでいるように見受けられるので。

人生の中でもっとも多くの時間を費やす、「働く」ということに関する考え方、仕事に対する心構えも、その一つなのかもしれません。

「なぜ働くのか」「何のために働くのか」…多くの人が今、働くことの意義やその目的を見失っているようです。

日々の仕事を進めるための技術やマニュアルは、あふれるほど用意されているのに、働くということに込められた、根本的な価値を明らかにすることは、ないがしろにされてきました。

そのため、今、若い人たちの間で、労働を嫌い、厭(いと)い、できるだけ回避しようとする傾向が顕著になっています。

たとえば、「一生懸命働く」「必死に仕事をする」といったことを意味がないとか、格好悪いと冷笑する人さえ少なくありません。

そのため、株の取引きなどで「楽して儲ける」スタイルに憧れを抱く人や、ベンチャーを起業するにしても、上場で一攫千金(いっかくせんきん)を果たし、若くしてリタイアすることがゴールだという人も増えているようです。

働くことを「必要悪」ととらえる考え方も、さも常識であるかのようにささやかれるようになってしまいました。

本当は働きたくない、しかし食べていくには、やむを得ないから働く。

だから、できるだけ楽に稼げればいい。

私は、働くことは「万病に効く薬」…あらゆる試練を克服し、人生を好転させていくことができる、妙薬(素晴らしい薬)だと思っています。

自分が望んだり、招いたリしたわけでもないのに、思いもかけない不幸が次々に襲ってきます。

そのような苦難や不幸に翻弄されるとき、私たちは自らの運命を恨(うら)み、つい打ちひしがれそうになってしまうものです。

しかし、「働く」こと自体に、そのような過酷な運命を克服し、人生を明るく希望あふれるものにしていく、素晴らしい力が秘められているのです。

人間は、自らの心を高めるために働く…私はそう考えています。

「心を高める」ということは、お坊さんが厳しい修行に長年努めてもできないほど、たいへん難しいことなのですが、働くことには、それを成し遂げるだけの大きな力があるのです。

働くことの意義が、ここにあります。

日々、一生懸命に働くことには、私たちの心を鍛え、人間性を高めてくれる、素晴らしい作用があるのです。

「よく生きる」ためには、「よく働くこと」がもっとも大切なことです。

それは、心を高め、人格を磨いてくれる「修行」であると言っても過言ではありません。

中国の古典、菜根譚(さいこんたん)には「不快なことこそ自分を磨く砥石(といし)」という言葉がある。

小林正観さんは、自らの心を磨き、高めるには三つの砥石が必要だという。

一つは、家庭や家族

二つめは、仕事

三つめは、その他の人間関係

夫婦は赤の他人が一緒になるがゆえに、様々な葛藤(かっとう)や問題がおきる。

同時に血のつながった親子関係も思うようになることは少ない。

三つ目の友人や、ご近所、趣味や様々な集まりにおける人間関係においても、うまくいかないことは多い。

そして、この三つの中で、一番多くの時間を使っているのが仕事だ。

仕事における人間関係、うまくいったことや失敗したこと、すべてが自分を磨く砥石となる。

自分を高めることを、お金をもらいながらできるのだ。

働くことで、自らの心を鍛え、人間性を高めたい。

      働き方稲盛和夫
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素敵な言葉 《自尊心をちょっとどこかへ隠す》

【自尊心をちょっとどこかへ隠す】

宇野千代氏の心に響く言葉
   「人の心に灯をともす」より   
誰の心の中にも、自尊心と言うものは隠れている。

この自尊心があるために、人と人との関係が、何となく、ぎくしゃくすることがある。

自尊心と言うものが隠れている間は、何事も起こらないのに、一たび、ちょっとでも頭をもたげて来ると、面倒なことが起こる。

そのことを知っている人は、そのとき、ちょっと自分の自尊心をよそへ持って行く。

人の眼につかないところへ、隠しておく。

自尊心なんか持っていなかったような振りをする。

それに巧(うま)く成功すると、人と人との間には、案外、何事も起こらない。

自尊心をちょっとどこかへ隠す、と言うのは、何と言う便利なことであろうか。

哲学者の森信三氏にこんな言葉がある。

『そもそも一人の人間が、その人の真価より、はるかに低い地位に置かれていながら それに対して毫(ごう)も不満の意を表さず、忠実にその任を果たすというのが、 この「下座行(げざぎょう)」の真の起源と思われる』

『下座行とは、一応、社会的な上下階層の差を超えることを、体をもって身に体する「行」といえる。

例えば「高慢」というがごとき情念は、 自分の実力を真価以上に考えるところから生じる情念といってよかろうが、 もしその人に、何らかの程度でこの「下座行」的な体験があったとしたら、 その人は恐らく、高慢に陥ることを免れうるのではあるまいか。

人の師たる人はとりわけ、この下座の体験者であり、下座の行者であることが、 何より大事なことであることだけは、このわたくしにも納得せられます』

『「どうして先生は隠れた真人の発見者であり発掘者でいらっしゃるのですか」という問いに対して、 「それは舞台に立ってから眺めておるとわからぬのです。 同じ平面の平土間に立つと、よくものが見えるのです」 とおっしゃられました』(師教を仰ぐ・森先生に導かれて)より

「俺は(私は)こんなもんじゃない」「なぜもっと偶されないのだ」と、自尊心や高慢な心が芽生えたときに必要なのが「下座の心」。

神はしばしば、この「下座の心」を試される。

瑞巌(ずいがん)和尚は、毎日自分に向かって「主人公」と呼びかけ、自分で「ハイ」と返事をしていたという。

「はっきりと目を醒ましているか」「ハイ」

「これから先も人にだまされるなよ」「ハイ」

『自尊心をちょっとどこかへ隠す』

瑞巌和尚にならい、自分に毎日呼びかけてみる…

「今、偉そうにしていないか?」と。

下座行の実践をしたい。

    幸福は幸福を呼ぶ


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素敵な言葉 《自分の機嫌は自分で取る》


【自分の機嫌は自分で取る】

リチャード・カールソン氏の心に響く言葉
    「人の心に灯をともす」より

私たちはいつだって、気分がよくなったり悪くなったりするのをまわりのせいにする。

休暇直前になって締め切りが迫った仕事を指示されるとか、上司が突然怒り出すとか、誰かのせいで遅刻したとか、こうした出来事のせいでイライラさせられていると思い込む。

でも、本当はそうではない。

前述したように、あなたの気分を左右しているのはすべて、あなた自身の「考え方」だ。

それがわかってくれば、あなたは自分の気分とうまくつき合える。

たとえば、ふさぎ込んでいるときは、できるだけ重要な決断はしないとか、大切な顧客に電話するのは、やる気がわいてくるまで待つといったことが、できるようになるのだ。

自分の今の「気分」に気づき、理解して、気分に合った行動をとるのは、その日の天気に合った服を選ぶのに似ている。

暑い日には涼しい格好をし、寒い日には上着をはおり、雨の日には傘をさす…気分とも、そうしてつき合えばいい。

そして、まわりの人の気分にも波があることを知っておこう。

相手の気分に合わせて自分の気分を変えるということではない。

その人の気分を考慮に入れるだけで、いろいろなことがストレスなく回り始める。

たとえば、部下がどうも機嫌が悪そうだとわかれば、気分が浮上するのをちょっと待ってから新しい仕事を指示する、といった具合に、機嫌がいいときなら部下はこちらの話を聞く耳を持つだろうし、ムキになったりしない。

逆でも同じこと。

仕事が忙しい時期にどうしても休暇を取りたいという相談を上司にするなら、やはり上司の機嫌がいいときを狙ったほうがいい。

ただし、その人が不機嫌になっているのか、いちいち詮索しないこと。

誰だって、気分に浮き沈みがある。

もちろん「なぜ、そんなに仏頂面をしているんだ」と相手を責めたりしてもいけない。

あなただって不機嫌になっていた瞬間があるはずで、お互いさまなのだ。

また、「不機嫌なのはあなたのせい」と相手に責められたとしても、真に受けないこと。

その人が不機嫌なあまり、あなたの態度に必要以上に厳しい目を向けているだけかもしれない。

だから、あなたが思い悩む必要はないのである。

機嫌がいいことは、人生を生きる上で、一、二を争うくらい大切なことだ。

なぜなら、不機嫌は伝染するから。

機嫌のいい人と一緒にいれば、気分は明るくなって、笑いや、元気が出てくるが、不機嫌な人と一緒になったら、気分は暗くなり、仏頂面で、憂うつになり何もやる気が起こらなくなる。

不機嫌はまわりを不幸せにしてしまう。

逆に言うなら、まわりがどんなに不機嫌であっても、自分だけは機嫌よく過ごす必要がある。

あの人が不機嫌だから私まで不機嫌になったという、まわりに左右されている人は、人のせいにする人だ。

自律している人は、自分の機嫌は自分で取る。

いつも機嫌のいい人でありたい。


良い事ばかり起こる法則

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素敵な言葉 《笑顔で愛のある言葉を・・・》

「不平不満」「グチ、泣きごと」「悪口、文句」の言葉を発しないだけで、人生は、好いように良いように流れるようになる。

【笑顔で愛のある言葉】

斎藤一人さんの心に響く言葉
「人の心に灯をともす」より

人間の肉体が滅んで、魂が故郷である天国に帰るとき、肩書やお金、この世で身につけたものは、すべてこの世に置いていかなくてはいけないでしょ。

だから、私は、こんなことをいうんです。

「天命を全うする者が成功者だ」

ちなみに、天命とは、人間がこの世に生まれてくるときに、神さまと交わした約束のこと。

人には愛のある言葉をかけ、笑顔で接する。

それが天命であると、私は勝手に決めさせていただいています。

なぜ、人がこの世に生まれ出てくるときに、神さまとそういう約束をしてくるのか。

「神さまは笑顔で愛のある言葉を話す人間を欲しているからだ」

というのが、私の持論です。

神さまは、草や木、虫や鳥、人間、この地球上にある、ありとあらゆるものを創ってくれました。

でも、神さまにも、できないことがあるんです。

神さまは、自身の大いなる愛を表現することができないんです。

それを実現できるのは、笑うことができ、言葉を話すことができる人間しかいない。

だから、神さまは、人間がこの世に生まれてくるときに、人間にこうお願いするんです。

「自分の代わりに、笑顔で、愛のある言葉をしゃべってきてくれよ」

その願いを実現しようとする人は、神さまのお役に立つ人だから、何でも望みを叶えてくれる。

だから、私にとって、神さまは、おすがりの対象ではないんです。

自分が神さまの役に立つんだ、と考えて、この天命を守っていればいいんだ、と思うんです。

この天命を守れば、敵を作りません。

会う人すべてを自分の味方にすることができますから、会社でも、商売でもうまく行きます。

家庭でも、学校でも、人生、すべてがうまく行く。

たとえ、お金持ちになれなかったとしても、天国に戻ったとき、神さまに、

「前の自分より、笑顔で愛のある言葉を話せるようになりました」

と報告できるんです。

「笑顔で愛のある言葉を話すぐらいのことで成功できるなら、誰も苦労はしないよ」

という意見があるのも知っています。

そう思っていただいても、私にも何の不都合もないから、別にいいんです。

でも、いつも笑顔で愛のある言葉を話すということは、実際やってみると、意外と楽なことではないということが、わかるはずです。

まず、いつも笑顔でいると、顔の筋肉が疲れます。

「ツイてる」と言葉をいいたいけれど、なかなか口から出てこないこともある。

人をほめようと思っても、どこをほめていいのか悩んでしまう人も目の前に現れるんです。

常に、自分との戦いです。

そして、その部分に勝ち負けが出てくる。

日々、あらゆるところで勝ち負けが出てくるとは、こういうことです。

笑顔と愛のある言葉は、周りの人の気持ちを温かくする。

不機嫌な顔と愛のない言葉は、周りの人の気持ちを冷やす。

周りの人の気持ちを温かくする人は、斎藤一人さんのいう「天国言葉」を言っている人。

すなわち、「ついてる」「うれしい」「楽しい」「感謝してます」「幸せだな」「ありがとう」「ゆるします」。

反対に、人の気持ちを冷やす人は、場を盛り下げることを言う人。

それが「地獄言葉」。

「ついていない」「不平不満」「グチ、泣きごと」「悪口、文句」「心配ごと」「ゆるせない」

周りの人の気持ちを温かくする人生か、周りの人の気持ちを冷たくする人生か。

どちらを選ぶこともできる。

日々、笑顔で愛のある言葉の実践を重ねたい。


     和顔愛語
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素敵な言葉 《貴老の人》

「貴老の人」

今西恭晟氏の心に響く言葉
        「人の心に灯をともす」より

《年齢とともに、肉体は衰えていきます。

しかし、年齢とともに、人間的魅力を増し、人間的成熟を深めていく人はたくさんいます。

そういう人を貴老(きろう)の人といいます》(藤尾秀昭)

「貴老」とは、老人を敬っていう言葉です。

「老人に対して貴老と呼ぶ。好い語である。老人はいつまでも愚老になってはいけない」と、安岡正篤は語っています。

貴老であるには、何事にも興味を持つことです。

年齢とともに興味が薄れ、学ばなくなっては、愚老になるばかりです。

愚老とは老いて愚かになることで、これは老のマイナス面でしょう。

しかし、老には長年経験を積んで、そのことに熟練するという「老練」「老熟」という側面があります。

老のプラス面を深めていく人生でありたいものです。

『魂に響く108の言葉』プロセスコンサルティング

「少にして学べば壮にして為すこと有り。

壮にして学べば老いて衰えず。

老いて学べば死して朽ちず」

という、佐藤一斎の『言志四録』の中の有名な言葉がある。

青少年の若い年頃に学べば、壮年(中年)になって、ひとかどの仕事を成し遂(と)げることができる。

壮年になっても学び続ければ、気力胆力が衰えることはない。

老年になっても学び続けることができれば、見識はより深くなり、死後もその名声が朽(く)ちることはない。

言志四録は全4巻1133条ある。

佐藤一斎は、80歳になってから2年間で、そのおよそ3割の340条を書き上げたという。

いくつになっても好奇心を持ち、学ぶ姿勢があるなら年は取らない。

しかし、今どんなに若くても、好奇心を忘れ、学ぶことをしないなら、若くしてすでに愚老の人となっている。

貴老の人をめざしたい。


      相田みつお
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プロフィール

taka

Author:taka
ニックネーム:孝ちゃん
 性 別  :男
 血液型  :O型
 現在地  :広島市

69歳の今も、何にでも興味を持ち、いつも熱き心で青春だ。人生は、成るようになるし、また成るようにしかならん。起きるべきことが起きるから深呼吸してリラックス リラックス。
「明日死ぬと思って生きよ 永遠に生きると思って学べ」を心に。

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Tony Bennett, Lady Gaga - Winter Wonderl
Von Trapp Kids All Grown Up! -The Sound
ひろしま協創高校バトン部
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