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素敵な話

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「一隅を照らすものでありたい」

    橋本由起子(安心堂白雪姫)

             ※肩書きは『致知』掲載当時のものです

…………………………………………………………………………………………………

■豆富づくりの精神
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 一隅を照らすもので私はありたい

 私の受け持つ一隅が

 どんなに小さいみじめな

 はかないものであっても

 悪びれず

 ひるまず

 いつもほのかに

 照らして行きたい


これは元住友本社常務理事の故・田中良雄さんの詩です。
そして同時に私ども「安心堂白雪姫」の豆富づくりの精神でもあります。
主人の太七は毎朝4時に、
「いい豆富ができますように」との祈りを込め、
この詩を朗読してから豆富づくりを始めています。

外国船の船乗りだった夫と結婚したのは20歳の時でした。
私が身重になったのを機に主人は陸に上がり、
将来は自分で商売をしたいと考え、
まずは勉強のために金沢の「芝寿し」に入社。

3か月だけの勉強だったはずが、
梶谷忠司社長(現・会長)に目をかけていただき、
期間満了と同時に工場長に抜擢されました。
そして気がつけば、入社からすでに10年の月日が
流れようとしていました。

主人はその仕事振りから「鬼の橋本」と言われていましたが、
工場の2階にあったわが家に戻ってから、
家族の前で愚痴やため息を漏らすことはありませんでした。

私も
「仕事に口出しをしないこと、従業員や近所の皆さんと
 公平に付き合うことを徹底してくれたら、
 あとは何をしていてもいい」
と言われ、三人の子どもたちを育てながら、
何の不足もない平穏な日々を送っていました。


■原因不明の病で寝たきりに
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

そんな時でした。31歳の私は、
突然原因不明の病から寝たきりになってしまったのです。
当時の医学では原因も治療法も分からず、
治る見込みはないと宣告されました。

高熱が続き、少しでも体を動かすと
針で刺されたような激痛が走ります。
仰向けになって天井を見ているだけで、
幼い子どもたちや工場を指揮して疲れて帰宅する主人に、
何もしてやれないもどかしさで狂おしい日々が続きました。

ただ横たわるだけの妻に対し、責めたり、
愚痴をこぼしたくなることもあったでしょう。
しかし主人は、毎朝
「お母さん、きょうもいい顔してるな。行ってくるよ。
 何かあったら工場に電話くれたらすぐ来るからね」
と言ってくれるのです。

私は主人の優しさに誓いました。
「このまま寝たきりで人生終わったらあかん。
 絶対よくなって、この人の役に立てる自分にならなあかん……!」

半年後、病院から
「人体実験になるかもしれないが、新しい薬を用いてみようか」
と話をいただきました。良くなるためなら何でもしよう。
その覚悟が薬の効果を高めたのか、
薄紙を剥ぐように快方へと向かいました。

3年にも及ぶ闘病生活を経て、
何とか不自由なく生活ができるようになった頃、
大阪で豆富屋を営むおば夫婦から連絡を受けました。
体を壊したので私たちに後を継がないかと言うのです。

主人は一言、「……やってみたいな」と言いました。
もともと自分で商売がしたいと考えていた人です。
芝寿しで学んだ商売の思想を
今度は自分の手で試したいと思ったのでしょう。

もちろん周囲は反対しました。
特に私の肉親は、奇跡的に命が助かったのに
どうしてわざわざ苦労をしに大阪に行くのか、
と縋るように引き止めました。
しかし、やっと私が主人を助け、役に立てる出番がきたのです。

おば夫婦の店は堺の市場の一角にありました。
狭くて暗いその場所に八百屋さんから譲り受けた
古いショーケース一つを置き、私たちは出発したのです。


■只、美味しい豆腐を造ることに専心する、馬鹿のような商人になれ

40歳直前の手習いです。
おば夫婦から厳しい叱咤を受け、
朝から晩まで働きづめましたが、
つらいと感じることはありませんでした。

寝たきりの頃、主人に一生分の命を吹き込んでもらったのです。
何もできなかったもどかしさを思うと、
どんな苦労も幸せに感じました。

ある日、大阪に出た愛弟子が
どんなところで働いているか見てみたいと、
突然梶谷社長が訪ねていらしたことがありました。
一通り仕事場と住まいをご覧になってお帰りになられましたが、
その後すぐに「橋本太七君の創業を祝して」と題した
手紙をいただきました。

「『挑戦と創造』で『安心堂』を大阪で
 『一番の豆腐店』にしてください。
 一番とは『一番美味しい豆腐を造る店』ということです。
 決して一番儲ける店ということではありません。

       (中略)

 原価率だの、利益率だのという賢い豆腐屋になるな。
 只、美味しい豆腐を造ることに専心する、
 馬鹿のような商人であってほしい。

       (中略)

 立派な工場や広い住まいは求めなくとも、
 お客様に喜ばれる豆腐を造って居れば、
 必ずお客が与えてくれるものだ(略)」

私たち夫婦は手を取り合って涙を流し、
「美味しい豆富をつくることが社長への何よりのご恩返しだね」
と誓いました。

以来、この手紙が「安心堂白雪姫」の宝となり原点となって、
お客様に美味しいと喜んでいただくことだけを胸に
豆富づくりに励んでまいりました。
梶谷社長の言葉の通り、お客様がお客様を紹介してくださり、
いまでは自店を構え、百貨店にも出店、
年間何千というご注文を全国からいただくまでになりました。

私たちがつくるのは一丁数百円の豆富です。
それこそ、小さくはかない仕事かもしれません。
しかし大阪の片隅で私たち夫婦が祈りを込めてつくった豆富は、
必ずお客様の心に伝わると信じ、
これからも懸命に商売をさせていただきます。

         『致知』2006年12月号「致知随想」より
     http://www.chichi.co.jp/monthly/200612_index.html#voice1


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Author:taka
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 性 別  :男
 血液型  :O型
 現在地  :広島市

69歳の今も、何にでも興味を持ち、いつも熱き心で青春だ。人生は、成るようになるし、また成るようにしかならん。起きるべきことが起きるから深呼吸してリラックス リラックス。
「明日死ぬと思って生きよ 永遠に生きると思って学べ」を心に。



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