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今日も生かされて

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素敵な話

人生の転機は逆境とともに

「感謝」の反対の言葉は、「当たり前」。何事も当たり前と思うと、感謝の気持ちに気付かないんだなぁ
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「人生の転機は逆境とともに」
    シャンソン歌手 宗久真紀  
   月刊誌 知致4月号より
http://www.chichi.co.jp/
「あなたシャンソンをやってみない?」それは十数年前のこと。仙台市内で公務員として勤務していた時、そこで親しくしていた年配の女性に突然言われたのです。「まだ二十代でしょう。これからいろいろな愛に出合うと思うの。恋人への愛、ご主人への愛、子供への愛・・・・。シャンソンをやっていればその愛を深く感じることができるわよ」
人生とは不思議なもので、思えばこの方の一言がシャンソンへの扉を開いてくれました。もともと音楽が好きで、小さい頃は父親と一緒にジャズやクラシックのコンサートを聞きに行っていました。またシャンソンに対して、「愛を深く感じることができるって、どんな音楽なんだろう」という興味もありました。気仙沼にいる実家の父に聞いてみると、「俺は若い頃、シャンソンが大好きだった」と言います。
早速勧められたエディット・ピアフの『愛の賛歌』のCDを聞き、驚きました。これまで聞いてきたどの音楽よりの力強く、マグマのようなパワーで私の魂に迫ってきました。「私もこんなふうに歌ってみたい」と思ったのです。
最初にご指導いただいた先生からは、音程や発声方法などのテクニックよりも「これまでの人生の喜怒哀楽を歌に込めて表現すれば必ずいいシャンソンになります」と、人生に対する考え方などをメインに教わり、それも私に合っていたように思います。何より生きること、愛することを歌い上げるシャンソンそのものに魅了され、いつしか私の人生には欠かせない楽しみとなったのです。
とはいえ、最初はあくまでも趣味でプロの道は考えていませんでした。人生の転機は大きな逆境とともにやってきました。
実は仙台に出てきたばかりの十九歳の時、左足に異変を感じていました。ただ、当時は就職したばかりで忙しく、また環境が変わったばかりで病院の場所も分からず、そのままにしてしまったのです。その後も痛みを騙し騙し、動かしにくい足を引きずるようにして過ごしてきましたが、二十四歳の時とうとう両足が動かなくなりました。
原因は腰椎の劇症ヘルニアでした。トイレに行くこともままならず、仕事も辞めざるを得ませんでした。内視鏡下の手術を受けた後、ほぼ寝たきりの絶対安静が続きました。
そんな中、天井を見つめながら頭に浮かぶことは「この先どうなるんだろう」ということばかり。
そんな状態で一年が過ぎた時、夫から、「歩けるようになったら何がしたい?」と聞かれました。その時私の頭に真っ先に浮かんだのは、シャンソンでした。「シャンソンが歌いたい。もう一度ステージの上でスポットライトを浴びて歌いたい」「だったら趣味じゃなく、プロになるつもりでやってみろよ」私は彼の言葉を「鵜呑み」にしました。プロになろうと思ったのです。なれるかなれないかはどうでもいい。プロのシャンソン歌手になる。それがあの状況下での私の生存意欲だったと思うのです。
それから長い道のりでした。プールでの水中運動から始めて、歩くための最低限の筋肉をつけました。その後スポーツジムでの厳しいリハビリも、高いヒールを履き、二時間ステージに立って歌う自分の姿をイメージしながら取り組み、同時にシャンソンのレッスンも続けました。
再び自分の足で歩けるようになったのは三年後、そして翌年の2008年、シャンソン歌手の登竜門である新宿のシャンソニエ(シャンソン専門のライブハウス)「シャンパーニュ」のオーディションに合格することができたのです。歩けるようになった時、私は、たくさんの涙を流しました。けれども一方でたくさんの人に支えられ、たくさんの優しさに触れました。
朝、目が覚めることも、歩けることも、家事ができることも、決して当たり前じゃない。いま私は生きていることへの絶対的な感謝で満たされています。
「人生の喜怒哀楽を歌に込めて表現すれば、必ずいいシャンソンを歌える」。だとすれば、あの歩けなかった三年間を過ごしたからこそ、プロのステージに立てるシャンソンを歌えるようになったのだと思います。
その思いは東日本大震災を経て、ますます強くなりました。地元気仙沼は大きな被害に遭い、家族は無事だったものの家は流され、多くの知人を失いました。悲しかったし、パニックにもなりました。しかし仙台の知人の中に、「宗久の実家が流されたからなんとかしてやろう」と支えてくれる人たちが現れ、「宗久、被災した人たちのためにチャリティのディナーショーをやろう」と言ってくださったのです。私が歌うことで亡くなった人たちを弔い、苦しんでいる人たちに何かを伝えたい。そんな強い信念が生まれ、仙台を拠点にライブ活動を行うようになりました。
いま、私にとって音楽とは、一つの表現方法にとどまらず、人間として大切なものを突き詰めていくものと捉えています。シャンソンのドラマティックで魂を揺さぶられるような感情の爆発、それでいて繊細で慈しみが溢れているところに魅力を感じ、勉強してまいりました。
フランスで生まれたシャンソンに、私の内にある日本人特有の自然に感謝する素晴らしい感覚も音楽の中に取り入れていきたいと考え、試行錯誤しております。
歌をとおして自分自身が与えられたこの生命を実感し、感謝し続ける人生を送りたいと願っています。


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プロフィール

taka

Author:taka
ニックネーム:たかちゃん
 性 別  :男
 血液型  :O型
 現在地  :広島市

69歳の今も、何にでも興味を持ち、いつも熱き心で青春だ。人生は、成るようになるし、また成るようにしかならん。起きるべきことが起きるから深呼吸してリラックス リラックス。
「明日死ぬと思って生きよ 永遠に生きると思って学べ」を心に。



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