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素敵な言葉

素敵な言葉《泣いて済ませるのは卑怯者の振る舞い》

日本人なら誰でも持っている武士道の心。
 「泣いてすませるのは卑怯者の振る舞いです」
この言葉で直ぐ浮かんだのは、政務活動費で不透明な支出を指摘され、記者会見で号泣した兵庫県の野々村竜太郎県議だった。
こような男の風上にもおけない人間が県会議員になる、ならせる県民、どちらも腐っているとしか思えない。
戦後GHQが日本人の精神文化の破壊のために様々なプログラムを実施した結果だが、そんな泣き言をいまさら言っても仕方ない。
何千年の間に築いた日本人の持つDNAが数十年で変わる事は無い。強制的に掛けさせられた曇った眼鏡を外せば、一瞬で日本人の本来持っている気付く。

フランスの作家で、ドゴール政権の文化相を長く務めたアンドレ・マルローは自著各編で、述べている。
 「21世紀は霊性の時代となろう。霊性の根源には神話があり、それは歴史の一面を物語っている。世界の神話が現代なお生きているのが日本であり、日本とは、それ自体、そのものの国で、他国の影響を吸収し切って、連綿たる一個の超越性である。霊性の根源に万世一系の天皇制がある。これは歴代天皇の連続性であるのみならず、日本文化の継続性の保証でもあるのに、戦後日本はそのことを忘却してしまった。しかし、霊性の時代が、今や忘却の渕から日本の真髄を取り戻すことを要請している。
         産経ニュース ビジネスより
…………………………………………………………
昨年、放映されたNHK大河ドラマ『八重の桜』で
女優の綾瀬はるかさんが演じたヒロイン・新島八重。

その生涯を綴った著作が脚光を浴びているのが
華麗な着物姿で人気を得ている文筆家・石川真理子さんです。

武家の末裔として生まれ、20代半ばより
武士道や武家の生活文化を学び始め、
現在、執筆や講演活動に東奔西走しています。

複雑化する現代社会の中にあって、
いま私たち日本人が立ち返るべき心の拠り所――。

それが「祖母に学んだ武士道」だといいます。
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  「泣いてすませるのは卑怯者の振る舞いです」

       石川真理子(文筆家)
 ※『致知』2014年9月号 特集「万事入精」より

私の祖母は明治22年、
元米沢藩士の家に生まれました。

生活のために帰農していましたが、
家にはまだ武家の家風が色濃く残っており、
祖母は武家の教えと精神を余さず受け継いで育ちました。

私はその祖母と12歳まで一緒に過ごし、
礼儀作法や言葉遣い、日常生活での行いを
細かく躾けられて育ちました。

(中略)

祖母には、泣くと必ず叱られました。

特に自分のしでかした失敗は、
泣いたところでどうなるものでもないことを諭されました。

「泣いてすませるというのは、卑怯者の振る舞いなのですよ。
 泣きたいことがあっても、グッと堪えて、
 背中をしゃんと伸ばして対処するようにしてごらん。
 それでこそ強い心が育つのです」

卑怯な振る舞いが絶対に許されないのが武家の習いであり、
女性という弱い立場を盾に、自分の個人的な感情を
涙という形で訴えるのは愚かな行為だというのです。

こういう教えを受けて育っただけに、
「涙は女の武器」という言葉を聞いた時には
大変ショックを受けました。

いまでも、女性が人目も憚らず
泣く姿を見る度に強い違和感を覚えます。

もちろん私にも辛い時は
数え切れないほどありました。

けれどもその辛さを辛抱することで、
人間的な強さが養われたことを実感しています。

「子供がよく風邪をひくのは、
 病気を乗り越えながら体を強くするためでもあるのだよ。
 心の傷の治し方も、傷ついては立ち上がることを
 繰り返しているうちに身についてくる」

経験を積むうち、祖母の言葉が真理であり、
明けない夜はないことを信じられるようになりました。

困難に向かう時には、
いつも祖母の言葉を反芻して自分を鼓舞してきました。

卑怯な振る舞いについては、
いまでも強く印象に残っている思い出があります。

ある時、私が庭を掃除してくださっている
お手伝いさんに対し、

「ここで遊びたいから
 掃除はあとにしてちょうだい」

と言ったのを見た祖母は、すぐに私を呼び、
私の態度をきつく窘めました。

一家のお嬢様に対し弱い立場にあるお手伝いさんに
横柄な態度を取ることは、
卑怯なことだと懇々と諭されたのです。

幼いながらも、自分が酷く悪いことを
してしまったことを痛感しました。

日本の主従関係というのは、主君に対して家臣が
ただ一方的に服従するのではありませんでした。

江戸時代には、自分の家臣のために命を張る藩主もあり、
また貧しい武家はお正月に自分たちの着物を新調する余裕がなくとも、
下男、下女にはちゃんと支度を整えさせていました。

日本ではそういうことは
上に立つ者にとって当たり前だったのです。

また会津の『日新館童子訓』には、
藩の子弟に対し、国の大事を慮り、
藩主をも諫めるべきことが説かれています。

だからこそ会津藩の結束は強固で、
会津戦争の後、藩主であった松平容保は、
自分の命と引き替えに家臣の許しを請うたのです。

昭和天皇もマッカーサーに対して
これと同じことをされています。

いざという時にトップが命を投げ出して
部下を守るのが日本の主従関係なのです。

そういう精神が骨の髄まで染み込んでいた祖母にとって、
私のお手伝いさんに対する態度は
看過できないものだったのでしょう。

……この続きは『致知』最新号(9月号)P28~P31をご一読ください。
                     致知出版社


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 現在地  :広島市

69歳の今も、何にでも興味を持ち、いつも熱き心で青春だ。人生は、成るようになるし、また成るようにしかならん。起きるべきことが起きるから深呼吸してリラックス リラックス。
「明日死ぬと思って生きよ 永遠に生きると思って学べ」を心に。



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